Pilar Zeta - Moments of Reality (Ultramajic:LVX036)
Pilar Zeta - Moments of Realit
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2018年10月頃に突如リリースされた本作、Pilar Zetaなるアーティストの初の作品にしていきなりアルバムなのだが、これが現在のニューエイジやアンビエントのムーブメントと共振しながらシンセ・ポップやエクスペリメンタルな成分もあるレトロフューチャーな内容で、デビューにして非常に魅力的な音楽性を発揮している。アルゼンチン生まれのポートランド在住のZeta、聞き慣れないこのアーティストはかつてはファッションデザイナーであり、また芸術家でありも今までに数多くのCDやレコードのアートワークを手掛けたりもしていたのだが、デトロイトのJimmy Edgarと共にUltramajicを主宰し勿論Edgarの作品のデザインも行っていた。そして公私共にパートナーであるEdgarと引っ越した先のポートランドの家で自身の美学を音楽へ投影する事を考え、90年代のアナログシンセサイザーを駆使してEdgarと音楽制作を行うようになったそうだ(結果として本作はEdgarも共同プロデューサーとして名を連ねている)。インスピレーションの元には日本のニューエイジやアンビエント(例えば細野晴臣)、またはArt of Noise等が挙がっており、確かに懐かしさもあるシンセサウンドを前面に打ち出した音楽性でレトロフューチャーなという世界観が相応しくある。ゲーム音楽かロマンス映画の一場面のようなピコピコしたシンセから始まる"Better Learning"、ネオンライトが輝いているようなデジタルで美しいシンセの響き、切なく感情性豊かな旋律は豊かな色彩感覚を帯び、これ以上無い位にドラマティックに展開する。クラブのダンストラック的な構成は皆無で、"Corporate Feng Shui"にしてもリズムは入りつつも幾何学的なシンセの羅列や不規則なキックの入り方で、ややスピリチュアルで胡散臭いシンセの響きが良い意味でニューエイジらしい。弾けるシンセのチョッパーベースから始まる"Mysterious World"はシンセ・ファンク/シンセ・ポップな趣きが強く、この辺りはEdgarが制作に加わっている影響の強さが現れているが、空間演出に付随するサウンド・デザイン的な感覚は芸術家のZetaによるものだろう。そしてラスト2曲の"Universe Waam"や"Clouds To Remember"は、ニューエイジやアンビエントの性質が特に強く、重力場のようなどんよりしたシンセベースに対して浮遊感があり動きの多いメロディーが躍動する前者、幻想的なシンセのリフレインが催眠的に心地好く続き白昼夢に浸るかのような後者と、どちらもドラマティックでありその甘い世界に没頭してしまう。Edgarとの共同制作だけあって豊潤な、しかし人工的でカラフルなシンセの響きを前面に打ち出して、そして感情性を隠す事なく叙情感たっぷりな旋律によって表現したアルバム、デビュー作ながらも非常に魅力的な一枚である。



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Various - 環境音楽 = Kankyō Ongaku (Japanese Ambient, & New Age Music 1980 - 1990) (Light In The Attic:LITA 167)
Various - 環境音楽 = Kankyō Ongaku (Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980 - 1990)
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これ以上にない位にど直球なタイトル、そして時代のニーズに応えた内容、それこそ日本の1980〜1990年に生まれたアンビエントや環境、そしてニューエイジを編纂した『環境音楽』なるCDでは2枚組のコンピレーション・アルバム。ここ数年日本の過去のハウス・ミュージックが、日本のシティポップが、そして日本のアンビエントやニューエイジが世界的にも見直されている状況で、色々な作品のリイシューやコンピレーションが雨後のタケノコのごとく生まれていたが、その中でも最も発売前から注目を集め集大成とも呼べる作品が本作だ。編集者は現代アンビエントで頭角を現したVisible CloaksのSpencer Doranで、10年以上前に来日した際に日本の音楽に触れてはまっていったようだが、そこら辺の詳細については『日本の「環境音楽」はいかにして発見されたか/Visible CloaksとLight In The Attic』にかなり濃密に記載してあるので是非読んで頂きたい。

さて、Doranによる選択は如何なものかというと、アーティスト単体でリイシューに至っている芦川聡、尾島由郎、久石譲、深町純、小久保隆、日向敏文、イノヤマランド、吉村弘らに加え、環境音楽で名を馳せるパーカッショニストの越智義朗にニューエイジの系譜に名を連ねる伊藤詳、またはジャズ界から鈴木良雄に、そしてYellow Magic Orchestraや細野晴臣まで、特定のジャンルでカテゴライズするには一見幅が広そうでもあるが、収録された曲の雰囲気としての統一感はある。それは特に日本古来の簡素な趣を重要視する侘び寂び的なモノにも感じられ、無駄を回避するミニマリズムなシンプルさや派手さを削ぎ落とした静謐な響きが、それが意図的だったのか分からないにしてもアンビエントやニューエイジという音楽に上手く作用したのだろう。例えば土取利行の"Ishiura (Abridged)"、これが当時ニューエイジと呼ばれていたとは思えない音楽で、サヌカイトという石を用いてぽつんぽつんとした単音の連なりが、間が広がり静けさが強調されたこの曲は今ならばアンビエントになってしまうのだろうか。また芦川による"Still Space"はシンセサイザーを用いているが、極力無駄を排したミニマルな構成によってのんびりとした時間軸が感じられ、さながら色味の失せた水墨画のような風景を喚起させる。また、この手のジャンルにまさか久石の音楽が選択されるとは予想も出来なかったが、"Islander"は彼らしいアンビエントな電子音の響きに有機的で土着的な打楽器を組み合わせ、それをミニマルな現代音楽にも寄せて反復させる展開で、収録されたのも納得させられる。ニューエイジ面が強調された曲であれば、宮下富実夫の"See The Light"や深町の"Breathing New Life"に小久保の"A Dream Sails Out To Sea - Scene 3"辺りが特にそうで、美しく清らかなシンセの響きによってうっとりと甘美な夢の微睡みを誘う音楽はスピリチュアルや癒やし系とも呼ばれてしまう可能性もあるが、俗っぽくはならずにただひたすら心を洗うように静謐な空気に満たされる。アルバムのラストは細野が無印良品のBGMとして制作した温かいシンセが牧歌的で長閑な地平を何処までも広げる"Original BGM"で、今では入手困難なこの曲は店舗の空気に自然と馴染む正に環境音楽、つまりはアンビエント・ミュージックを体現している。一口にアンビエントやニューエイジと言ってもそれぞれの曲にはアーティストの個性もあり、それがCD盤では23曲(アナログでは25曲)も収録されているのだから、このジャンルに初めて手を出す人にとっても本作は非常に役に立つ素晴らしいコンピレーションだ。なお、豪華ブックレット仕様の中にはDoranによる詳細なライナーノーツも記載されており、全て英語だが解説という面からも価値を持っている。惜しむらくは、日本の音楽であるのに日本のレーベルがこういったコンピレーションを誰も手掛けない事である。



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| ETC(MUSIC)4 | 19:00 | comments(0) | - | |
Yutaka Hirose - Soundscape 2: Nova + 4 (We Release Whatever The Fuck We Want Records:WRWTFWW028CD)
Yutaka Hirose - Nova + 4 (Extended Version)
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現在の世界的なジャパニーズ・アンビエントやニューエイジの再評価を著者がその当時に予見していたかまでは知る由もないが、2013年発刊の『Obscure Sound : Chee Shimizu (著)』(過去レビュー)には既にここ数年でリイシューされた前述のムーブメントに関わる重要な作品が掲載されており、結果的には筆者の審美眼は正しかった事を証明している。そして本作もその本に掲載された一枚でリイシューされる事が判明してからは話題となっていた重要作、それこそ広瀬豊による1986年制作の『Nova』だ。ミサワホーム総合研究所が住宅展示場で流す音楽として、日常住む上での快適な空間演出の為にと立ち上げた「Soundscape」シリーズの2作目であり、アンビエント/ミニマル/コンテンポラリーミュージックを含むサウンド・デザイン。本作制作時に広瀬が聞いていた音楽は当時のアンビエントの指標ともなったBrian Enoよりは、Obscure RecordsのDavid ToopやGavin Bryars、またはTangerine DreamやFaustらのジャーマン・プログレ、そしてECM等だったそうで、少なからずそれらから影響を受けた本作はフィールド・レコーディングやサンプリングを駆使しながらも確かに一言で環境音楽とだけで呼ぶ事は出来ない。水滴の落ちる音から始まる"Nova"、川のせせらぎや虫の鳴き声や透明感のあるシンプルなピアノやチャイムも加わると、鍾乳洞の空間が眼前に広がるサウンド・スケープを描き出しエレクトロニクスと自然の融合を果たす。"Slow Sky"も鳥の囀りの虫の鳴き声といったフィールド・レコーディングを用い、しかし音自体はスムースに繋がっていくのではなく点描のように散らばせながら、透明感のある単音として一つ一つの音が綺麗に主張するようだ。森の中で営まれる虫の生命の音から始まり、現代音楽のミニマリズム的なシンプルなシンセやチャイムの反復を行う"In The Afternoon"は長閑な田舎風景が想起され、間を活かした音の構造によってそこにイメージの膨らみを持たせるのだろう。水の流れる音が強調された"Humming The Sea"はピュアながらも何だか可愛らしく思われる電子音の反復に懐かしい子供時代のノスタルジーが感じられ、海で波と戯れる子供の姿が浮かんでくる。そして最後の"Epilogue"はアルバムのコンセプトである「自然音を用いたサウンドスケープ」に基づいた曲で、最初に自然音のサンプリングを組み立てそこにアコースティック/電子音を重ねていくという他の曲とは逆の工程で作られているが、これは最も雰囲気としてはアンビエント的であるだろう。そして今回の再発で特筆すべきは、『Nova』と同時期に制作された未発表音源が収録されている事で、4曲で約50分の長尺なアンビエントは『Nova』の打ち込み制作から自らの演奏に変える事で、メロディーやコードの制約から解放され音を追加しては消去し、音の彫刻を行っていくように制作されたと言う。その結果、より抽象性を増して空間に溶けて馴染んでいくようなサウンド・スケープやアンビエントのとしての性質は強くなっているように思われるが、また一方で寺院や仏閣の中で鳴っているような非日常の神秘性も獲得している。オリジナル音源、そして未発表音源どちらも正に言葉通りのSoundscapeで、イメージ力を沸かせる快適なBGMとなる。



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| ETC(MUSIC)4 | 17:00 | comments(0) | - | |
Basso - Proper Sunburn - Forgotten Sunscreen Applied By Basso (Music For Dreams:ZZZCD0124)
Basso - Proper Sunburn - Forgotten Sunscreen Applied By Basso
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デンマークきってのバレアリック・レーベルであるMusic For Dreamsが2017年から新たに立ち上げたシリーズであるThe Serious Collector Seriesは、ミックスではなく敢えて繋がないコンピレーションとしてDJがジャンルに執着せずに良質な音楽を提供するという趣旨が感じられる内容で、今までにWolf MullerことJan SchulteとMoonbootsが広義の意味でレフトフィールド/バレアリックな音楽性を披露している。その最新作を担当するのは今をときめくレーベルであるGrowing Bin Recordsの主宰者であるBassoで、このレーベル自体がジャズやフュージョンにクラウトロック、ニューエイジやバレアリックにアンビエントと軽々とジャンルを越えていくレーベルだからこそ、このシリーズにBassoが抜擢されたのは極自然な事だろう。これまでのシリーズ以上に自由奔放で一見纏まりがないようにも思われる選曲なアルバムは、Hans Hassによる1974年作の"Welche Farbe Hat Der Wind"で始まる。フォーキーな響きながらもメロウでポップなこの曲はシュラーガーと呼ばれるジャンルに属すようで、日本風に言えば演歌?みたいなものなのだろうか、実に人情味があり古臭くはあるが妙に懐かしさが込み上げる。そこに続くはDJ Foodの"The Dawn"といきなりトリップ・ホップに変わるが、柔らかいタブラと朗らかなシンセが清涼に響き穏やかなアンビエントの情景が浮かび上がる。3曲目はRVDSの"Minuet de Vampire"と2016年作で新しい音源も選ばれており、ロウなリズムマシンやアシッドの響きがありながらも内なる精神世界を覗くような瞑想系テクノは、アルバムの流れを崩さない。そこに繋がるのは現在のニューエイジにもリンクするHorizontの1986年作の"Light Of Darkness"で、弦楽器らしき音がオリエンタル感を奏でつつも神秘的なシンセが厳かな世界観に包む美しい一曲。中盤には情熱的なギターと乾いたパーカッションが心地好いラテン・ジャズの"Nosso Destino"、朗らかな笛の音色が爽快なパーカッションが地中海のリゾート地を思わせる甘美なジャズ・フレーバーの強い"Tempo 100"と、メロウなムードを打ち出してぐっと色気を増す。後半は再度エレクトロニック度を強めてヒップ・ホップやシンセ・ポップも織り交ぜつつ、終盤にはGhiaの快楽的なシンセベースやセクシーな歌や電子音が甘美さに溶けてしまうようなシンセ・ポップの"You Won't Sleep On My Pillow"が待ち受けており、最後のJean-Philippe Rykiel‎による"Fair Light"でスペイシーなシンセが歌いまくり楽園ムードが広がる牧歌的なインストで、心は晴ればとしながら穏やかな終着を迎える。それぞれの曲はコレクションとしての価値も高いのだろうが、それ以上に普段は全く聞かないようなジャンルの音楽なのに探究心を駆り立てる魅力があり、こういったコンピレーションがリスナーを新たな方面へ手を差し伸べる意味において価値のある内容だ。勿論ニューエイジやバレアリックの流れでも適合し、今という時代にぴったりとハマるジャストなコンピレーションだ。



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| ETC(MUSIC)4 | 07:30 | comments(0) | trackbacks(0) | |
Various - 雲の向こう 2丁目 (Jazzy Couscous:JC12)
雲の向こう 2丁目

日本の音楽をこよなく愛する日本在住のAlixkunは、現在の日本産音楽が世界的に見直しされるブーム前からJazzy Couscousを運営し、特にジャパーニーズ・ハウスの復権を後押しするように特に日本人アーティストの新作や旧譜のリイシューに勤しんでいた。また近年はアンビエントやニューエイジが世界的に再燃している動きに合わせたのだろうか、2018年には『雲の向こう : A Journey Into 80s Japan's Ambient and Synth-Pop Sound』(過去レビュー)というタイトル通りの日本のアンビエントやシンセポップの、決しては有名ではないものの今も尚聞くに耐えうる名作を纏めたコンピレーションを手掛け、ちょっとした話題となっていた。そして2019年も日本の音楽はより一層脚光を浴びているのだが、その流れにのって送り出されたのが『雲の向こう 2丁目』というタイトルまんまの第二弾。並んでいるアーティストは前作以上に聞いた事のない人ばかりで、良く言えば知る人ぞ知るというタイプなのかもしれないが、前作を気に入った人であれば本作も間違いなく愛聴するのは間違いないアンビエント/ニューエイジ/シンセポップの名作が詰まっている。斎藤美和子による"12 No Garnet"は当時は決してアンビエントを意識したのではなく可愛らしい歌も含めるとポップスとして制作したのだろうが、エレクトロニクスのキラキラとした輝きのある音や東洋的な不思議な旋律も用いて、しっとりとして落ち着いた感はポップス成分のあるニューエイジとして受け止められる。鈴木良雄による"Touch Of Rain"はジャズ・ベーシストだけありうっとり艶のあるベースが肝だが、そこに透明感のあるエレクトロニクスが静謐な空気を生み出し、コンテンポラリー・ジャズ×アンビエントな洗練されたBGMとして実にムードを感じさせる。鍵盤奏者の伊藤詳による"Essence Of Beauty"はいかにもアンビエントやニューエイジそのもので、波飛沫の音から始まりミニマルな電子音のループと揺蕩うような上モノにゆらゆらさせられる楽観的で弛緩した世界に、一寸の淀みもなくリラクゼーションな一時を味わう。ダンス寄りな曲も収録されており、安野とも子による"Sur La Terra"はアンニュイな歌とポップなメロディーに対してエレクトロかシンセファンクかのような機械的なビート感の安っぽさが逆に格好良く、やたら耳に残るのは細野晴臣プロデュースと知れば納得。サントラにアンビエントやニューエイジが起用される事は珍しくなく、本作にはサントラからの収録(畑野貴哉 による「Kanki」)もあるのだが、同様に漫画のイメージ曲として作られた笹路正徳の"Rune"は、シタールらしき音やパーカッションが効きながらもそのイメージ・アルバムという性質上随分と感情を揺さぶる系のエモーショナルなシンセやピアノの旋律が入っており、ドラマ性の強いエスノ・アンビエントだ。その他の曲も含めて和製のアンビエントやニューエイジにシンセポップの隠れた名作がずらりと並んでおり、近年それらの音楽のリイシューが盛んな状況においても本作のレア度という価値と音楽的な質は頭一つ抜けており、Alixkunの日本の音楽への偏愛さえも感じられる素晴らしいコンピレーション。アナログ仕様ではあるものの聞き易さもあって、この手の音楽の入門編としても参考になる一枚だ。



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| ETC(MUSIC)4 | 12:30 | comments(0) | trackbacks(0) | |
Toshifumi Hinata - Broken Belief (Music From Memory:MFM042)
Toshifumi Hinata - Broken Belief
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『東京ラブストーリー』等のサウンド・トラックも手掛けるコンポーザーの日向敏文が、今エレクトロニック・ミュージックの界隈で注目を集めている。それもニューエイジやアンビエント方面では随一の発掘力を誇るMusic From Memoryが、日向の作品の発掘作業のおかげである事に異論は無いだろう。筆者もそうだがまさかこんな素晴らしい音楽がかつてあったと認識していた人は決して多くないのだろうが、日本ではなく海外から日向の音楽が掘り起こされるとはMFMの嗅覚は恐るべしと言わざるを得ない。レーベルインフォによ依れば1982年に米バークリー音楽大学卒業後、アコースティック楽器よりもその当時の最新の楽器であったアナログシンセサイザーに可能性を見出し、電子楽器をアナログテープに多重録音し、そしてバイオリンやピアノを含むその他を伴奏を重ねて音楽制作をしていたと言う。その探求が結実したのが1985〜1987年にリリースされた初期4作『Sarah's Crime』『Chat D'Ete』『Reality In Love』『Story』であったのだろうか、MFMの運営者であるJamie TillerとTako Reyenga、そしてオブスキュア・ミュージックの先駆者であるChee Shimizuがそこから選りすぐりの曲を纏め上げたのが本作である。豊かでしっとりとした情緒的なシンセサイザーの響きを軸に生音も合わせたサントラ的なイメージ喚起型の音楽はかつてならコンテンポラリーミュージック、現在の感覚で呼ぶのであればニューエイジやアンビエントになるのだろうが、制作から30年以上経た今でも全く魅力が損なわれないのは、やはり一曲一曲の魅力的な旋律や整ったコード展開による普遍的な音楽性が故だろう。アタック感の強いシンセドラムの響きと叙情的なシンセのレイヤーが甘美に誘惑する"Sarah's Crime"は、温かいフレットレスベースや途中から入るしなやかなヴァイオリンの音色にもうっとりさせられ、バレアリックな空気が満ちる白昼夢へと落ちていく。フィールド・レコーディングや会話も交じる民族的な雰囲気から始まる"Midsummer Night"は、そこからすっと分厚いシンセのレイヤーが情緒豊かに浮かび上がりニューエイジ風だが、耽美なピアノの演奏に耳を惹き付けられドラマチックなドラマの1シーンを見ているようだ。ビートレスな構成だがゴージャスなシンセが伸びて、そして繊細で切ないピアノに心が憂う"異国の女たち"も、どこかサントラ的でその後ドラマに音楽を提供するようになったのも自然な流れだ。シンセが歌っているような"Broken Belief"は鐘らしき音も入り混じり宗教的な厳かな佇まいだが、そこからふっと朗らかに幻想的なピアノと微睡みのシンセが展開し、色彩がぼんやりと滲んだような淡いサウンド・スケープには耽溺せずにはいられない。そして最後の抜けの良い太鼓と静謐なシンセのリフレインと弦楽器が物悲しく、和の侘び寂びな感覚を生む"小夜花"まで、徹頭徹尾メランコリーな感情に満たされるリスニング性の高い音楽が一貫している。複数のアルバムから選び抜いた曲群ではあるが全く違和感の無いシネマティックなアルバムで、色々な風景をイメージさせる豊かな表現力が後のドラマ等のサントラ制作にも反映されたのだろう。ニューエイジやアンビエントの分野で再評価著しいが、間口を狭める事なく日常を彩るBGMとしてお薦めな一枚だ。



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Neil Tolliday - Mallumo (Utopia Records:UTA007)
Neil Toliday - Mallumo
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2019年もクラブ・ミュージックの界隈でアンビエント・ミュージックが大旋風を巻き起こしていたが、一言でアンビエントと言っても自然回帰的なニューエイジ調から踊り疲れた後のチルアウト、日常空間に馴染むサウンド・デザインまで多様な要素が混在している。本作はそんなアンビエントの中でも殆ど展開がなく70分4節に渡ってどんよりとしたドローンが続く意味を込めない音響によるアンビエントで、精神を安静へと導く治癒的な作用もあるような音楽だ。このNeil Tolliday(=Nail Tolliday)については知らなかったものの手を出した理由は、時代とジャンルを超越しながらオブスキュアな音楽を提唱するUtopia Recordsからのリリースという事もあり興味を持った訳だが、結果的には非常に良質なアンビエントに出会う事が出来た。が実はこのTollidayは後から気付いたのだが90年代からハウス・アーティストとして活躍しClassic等からもリリースのあるNail名義その人であり、近年もPressure TraxxやRobsoulからファンキーなオールド・スクール系のハウスを多く手掛けているベテランで、何故に突如としてこのようなアンビエント大作を手掛けるに至ったか。プレスリリースによると鬱病の期間中に自己療法として作られたようだが、明るくもなくただただ陰鬱にも近い暗さがあるからこそ心を落ち着かせるのだろう。曲名も付けずにただI〜IVとだけ記されたパート、やはり音に合わせて意味を含ませない事を意識しているようで、どのパートも朧げでどんよりとした暗いムードのドローンがレイヤーとなり、粘度の高い液体がじっくりと形を変えていくように微細な変化を起こし、そこに微かに時折メロディーや環境音らしき音が入ってくる。大きな展開はなくドローンがうねりながら重厚感も伴い、一寸の光も見えない閉塞空間の響き。まるで大きな大聖堂の中で音が反射しているような荘厳で壮大な音響で、そういった意味では静謐で宗教的な祈りにも思われる。似たような音楽であればWolfgang VoigtによるGas名義のアンビエントを思い起こすが、そちらがまだビートがあり交響組曲からのサンプリングで華やかしさがあるものの、こちらは完全に閉塞的なダーク・アンビエントに振り切れている。なお、配信の完全版では170分近くのボリュームで、存分にずぶずぶとした内なる精神世界へと瞑想出来る事だろう。



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| ETC(MUSIC)4 | 14:30 | comments(0) | - | |
Mark Barrott & Pete Gooding - La Torre Ibiza Volumen Tres (Hostal La Torre Recordings:HLTR003)
Mark Barrott & Pete Gooding - La Torre Ibiza Volumen Tres
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いつしか現行バレアリックを提示する作品として定着したシリーズの『La Torre Ibiza』。手掛けているのはバレアリック代表格のInternational FeelのボスであるMark Barrott、そしてイビサのクラブ「Cafe Mambo」でレジデントを担当するPete Goodingの二人。元々はBarrottが「Hostel La Torre」というイビサにあるホテル内のパーティーでBGMを担当していた事が発端となり、その「エッセンスとスピリット」をCD化すべく始まったシリーズ。一般的なイビサのイメージと言えばやはり享楽的で俗世的なダンス・ミュージックのクラブというのが第一だろうが、しかし同じイビサに在住するBarrottはと言えばそういった場所からは距離を置き、緑が生い茂り平穏な大地が続く田舎風景の中でジャンルではなくバレアリックというスタイルの音楽を追求する。そんな音楽はオーガニックとエレクトロニックの邂逅、そしてジャンルと時代を越境しつつクラブ・ミュージックからの視点も失わずに自然な状態を保つチルアウトな感覚が込められている。ただ単にバレアリックの一言で片付けてしまうと間口を狭めてしまうのでもうちょっと明らかにすると、本作でもアンビエントやエクスペリメンタル、シンセ・ポップにフォークやロック、ハウスにディスコやダブまで言葉だけで見れば纏まりは一切無いような幅広い選曲ではあるにもかかわらず、肩の力が抜けた緩く心地好い平静な空気感がバレアリックなのだ。民族的なダブ・パーカッションの効いたアンビエント感もあるハウスの"Alsema Dub"から始まり、生々しい生命の営みが感じられるモダン系エキゾ・ファンク"'A Voce 'E Napule"、ドリーミーで可愛らしい響きのハウストラックな"Ocean City"と、序盤は比較的ダンス要素がしっかりと打ち出されているが、そこからギターの入ったポストロックな"Up With The People"へと続くが牧歌的な穏やかさが雰囲気を自然と紡ぐ。同じ日本人として嬉しい事に中盤にはSatoshi & Makotoのビートレスながらも無重力のフローティング感覚に溢れたアンビエントの"Crepuscule Leger"が差し込まれ、そこからソフトなサイケデリック性のある憂いのロックな"On the Level"へのしんみりした流れは胸が切なくなる。バレアリックを象徴する一曲でBarrottがリミックスをした"Head Over Heels (Sketches From An Island Sunrise Mediation)"は大らかな包容力と清純な快楽感が広がり、そこにコズミックな酩酊感のジャーマン・プログレな"Ambiente"が繋がる瞬間も意識が飛ぶようなトリッピーさにチルアウトする。終盤にはまさかのSwing Out Sisterの曲もと意外な選曲だが、メランコリーを誘う牧歌的なシンセポップの"After Hours"だからこそバレアリックな流れに溶け込み違和感は全く感じる事がない。終始なだらかな清流が流れるような安らぎ、俗世の喧騒から隔離された平穏が続き、ジャンルを越えて心が穏やかになる音楽をそっと提供するその選曲の良さは素晴らしく、バレアリックを先導するだけある審美眼だ。また聞く者にとってはジャンルの垣根を取っ払い、音楽の知識を豊かにしてくれる一枚でもある。



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| ETC(MUSIC)4 | 13:00 | comments(0) | - | |
Bartosz Kruczynski & Poly Chain - Pulses (Into The Light Records:ITLIntl02)
Bartosz Kruczynski & Poly Chain - Pulses
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2019年にEarth Trax名義ではEP2枚、そして本人名義では本作を含めてアルバム3枚をリリースと精力的な活動を行うポーランドのBartosz Kruczynski。複数の名義を用いて幅広いジャンルの音楽を手掛けているが、この本人名義では過去にはGrowing Binからアルバムをリリースしており、ニューエイジやアンビエント再燃のムーブメントの中でモダン派アーティストとして頭角を現している。そしてこの新作、ギリシャ産の辺境音楽の発掘に力を入れるInto The Light Recordsからの珍しくギリシャ産音楽ではないリリースとなり、Kruczynskiと同じくポーランド出身のエクスペリメンタンル・ミュージックを手掛けるSasha ZakrevskaことPoly Chainとの共作となっている。本年度のアルバムである『Baltic Beat II』(過去レビュー)もニューエイジ路線という点では同じもののフィルド・レコーティングも用いたオーガニックな響きを打ち出していたのに対し、本作は彼等がライブで行った経験を元に複数のアナログシンセを用いてセッション的に制作された内容だそうで、その点で電子音響性の強いアンビエントが中心になっている。オープニングは霧のようなドローンが持続する"Jacana"、幻想的な雰囲気の中からシンセのアルペジオが浮かび合ってきて、キックレスではるものの次第にアシッド風に変化するシンセが快楽的なグルーヴを生む。続く"Solacious"もアナログシンセの微細な揺らぎが抽象的なアンビエント性となっているが、次第に壮大なシンセのシーケンスも加わってくると70年代の電子楽器を用いたエクスペリメンタルなジャーマン・プログレと共鳴した、例えばTangerine Dream辺りを思い起こさせる壮大なメディテーション世界へと突入していく。一方で序盤はぼやけたドローンの音像が続いてから、次第に電子音の反復がメランコリーを誘う"Quietism"は安らぎに満ちたアンビエント性があり、桃源郷へと誘うような叙情的な電子音のレイヤーは余りにも切ない。"Fluxional"はアルバム中最も刺激的な曲で、ボコボコとしたリズムと神経を逆なでするエグいアシッド・サウンドがこれだもかと脈打ち、キックレスではあるもののダンス・フロアでも興奮を呼び起こすであろうドラッギーな一曲。そこからラストの"Echolalia"では微睡むようなシンセのレイヤーが叙情的で色彩豊かな風景を描き出しつつ、徐々にそれらが溶け合いながら静かに霧散するドラマティックな流れで、安静を取り戻してアルバムは綺麗に幕を下ろす。Kruczynskiらしい情緒豊かなアンビエント性、そしてZakrevskaの前衛的なドローンが一つなり、電子音響の海が広がる現在形ニューエイジ/アンビエントとして見事なアルバムだ。



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New World Science - Osmos (Movements) (Temple:TMPL005)
New World Science - Osmos (Movements)
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電子音楽の界隈で見直されるニューエイジやアンビエントの世界、それらが活発化する事で現在の時代に即したモダンなそれらも生まれているが、カナダはモントリオールから初めて耳にするNew World Scienceなるユニットのアルバムは2019年度のニューエイジでも特に目を見張るものがある。ニューカマーなのかと思っていたものの調べてみるとPrioriとしても活動するFrancis Latreilleを筆頭に、TempleのレーベルオーナーでありEx-Terrestrialとして活動するAdam Feingold、サックスフォン奏者のEmあmanuel Thibau、ニューエイジやレフトフィールド路線で活躍するRamzi、そしてTempleから作品をリリースしているRichard Wengerの5人組プロジェクトである事が分かった。電子音楽やニューエイジの方面で経験を持つぞれぞれのアーティストの技術を反映させ、ヴィンテージなシンセにフルートやサックスにギター、コンガやパーカッションも用い、電子とアコースティックの調和、即興的でありながら構築的な作風によって深い瞑想世界へ誘うモダンなニューエイジを展開する。"Movement 1"は15分にも及ぶ大作でどんよりとしながらアンビエンスを発するドローンから始まり広がるシンセのリフレインに合わせ、抽象的でスピリチュアルなサックスが現実世界でなく異空間へと誘うディープ・メディテーションな一曲。ゆっくりとした速度感でドロドロと変容しながら15分にも渡って、深い精神世界の旅が始まる。"Movement 2"ではドラムマシンやギターも用いられたダンス寄りの作風だが、朗らかなシンセのメロディーに奇妙な効果音を重ねながら土着的なパーカッションや生々しいリズムが民族間溢れるニューエイジ性を発し、原始的な祭事の踊りのようだ。そしてシンセのアルペジオが牧歌的でバレアリックな雰囲気もある"Movement 3"は、複数のシンセの層が淡い絵の具の色をぼかしていくような透明感溢れる美しさがあり、その中で叙情的なサックスフォンが引っ張っていく。"Movement 4"は5人のメンバー総員で制作した曲で、コンガ等の土着的なリズムの中に生暖かいフルートやサックスフォンが混沌と溶け合いながら生命の胎動の如く自由さがあり、ジャズやアンビエントに現代音楽等の要素が融解して一つになったようなインプロビゼーション性溢れる本EP屈指のニューエイジだ。内向的/外向的、ダンス/リスニングと振れ幅を持ちながらどれにもニューエイジによく引用される辺境性とスピリチュアル性が備わっており、例えばSuso Saiz辺りの音楽性が好きな人にとってはこのNew World Scienceもピンとくるだろう。



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