2020.08.06 Thursday
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半ばインフレ的になりつつある日本のニューエイジ/アンビエントの世界的再評価のムーブメントは、しかしその勢いはまだまだ止まりそうにもない。その中でも多くの作品が再発に至っているのがジャズベーシストの濱瀬元彦で、先ずは和モノの再発掘をコンセプトとしたStudio Muleから『Intaglio』(過去レビュー)や『Reminiscence』(過去レビュー)の再録(権利上再発ではなく、再度制作し直している)をリリースすると、2018年には日本のSilent River Runs Deepがこの『♯Notes Of Forestry』の初アナログ化を達成し、濱瀬の再評価を決定的なものとした。とその流れに乗ったのかどうかは分からないが、今度は日本のニューエイジ/アンビエントの発掘を先導するWe Release Whatever The Fuck We Want Recordsが本作を含む濱瀬の複数アルバムの再発に漕ぎ着けており、結果的にこれにより全てのアルバムがリイシュー完遂となるとは何という僥倖だろう。濱瀬はソロデビューするまでにはシティポップやソウル等の他アーティストの録音に参加、またはプログレッシヴなジャズ・バンドの「Jazz」の一員としても活動していたが、ソロ活動へと移行するとエレクトロニクスに可能性も見出しながらジャズの定形を逸脱するように、現代音楽としてのミニマルやコンテンポラリー・ミュージックの要素を取り込む事で、実験と自由な創造力を存分に活かしたアンビエント・ジャズとでも呼ぶべき音楽性を確立した。それが前述の2枚のアルバムなのだが、それを経ての3枚めとなる本作では吉村弘とも関わりの深い柴野さつきがピアノとして、またパーカッショニストとして高い評価を得ている山口恭範が参加し、そして共同プロデューサーにはVisible Cloaksとの共作も話題になったアンビエントの先駆者である尾島由郎を迎えた事で、結果的には現代のニューエイジ/アンビエントの方面からも評価されるべき音楽性を構築したのだろう。"#Notes Of Forestry"は序盤こそピアノの段階的ながらも実はミニマル的なフレーズと不定形な打楽器が現代音楽を思わせるが、次第に柔らかくてアタック感の無いフレットベースが優しくうねりグルーヴ感を刻みつつ、マリンバや笛らしき音色が汚れのない透明感溢れた牧歌的な雰囲気を作っていく。"Pascal"はよりミニマル的と言うか電子音楽性の強いアンビエントと言うか、終始意味を込めない無垢な電子音のループと笛の音色のような上モノが引っ張っていくのだが、その配下では燻るようなフレットレスベースが穏やかに躍動していて、やはり元ジャズベーシストだけあって衝動的なインプロビゼーションを抑える事は出来ないのだろう。"Spiral For Multipul Instruments"では舞い踊るように優美なピアノがフレーズを、一方で重みのある低音が安定感を生み、中盤以降になると滑らかなベースが前面に立って瞑想的なフレーズを、そして迫力ある打楽器も踊るように加わって緊張感のあるアンビエンスへと没入していく。圧巻は17分超えの"Nude"、シンセによる笛っぽい音色の重層的でミニマルなコードをずらしながら執拗に繰り返す展開は現代音楽的で、次第にメロディーも加わり少しずつ肉付けされながら金属的なパーカッションが加わると山奥の仏閣の中で鳴っているようなスピリチュアルな空気も立ち込めたり、佳境に入るとまたもやまろやかながらも大胆に躍動するベースがメロディーを奏でるように主張して、程好い緊張感を保ったままドラマティックな盛り上がっていくミニマル×ジャズ×アンビエントな曲だ。いやはやバブルに沸いた80年代にこんな音楽が日本にあったとは驚きを隠せないが、それがこの2020年という時代の中でも全く古びてないどころか、野心に満ち溢れた前衛的な姿勢と楽園が広がるような牧歌的なムードが同居した音楽は刺激的で、現在のアンビエントにも全く負けないどころか鮮烈な印象を残している。
Check Motohiko Hamase