2016.05.20 Friday

Amazonで詳しく見る(日本盤)
過去にはNYハウス全盛時代にNite Groovesから、00年代にはドイツはKompaktやIbadanにKlik Recordsと、日本よりは海外で評価を高め世界の著名なレーベルから作品をリリースしているワタナベヒロシ。そんな彼にとってもテクノの聖地であるデトロイトは夢のまた夢であったに違いない。そんな折、熱き情熱を持つ彼に共感したアーティスト/DJの一人にデトロイト・テクノのイノベーターでもあり、Transmatを主宰するDerrick Mayがいた。Yellowクローズ時のパーティーでのDerrickとの共演や出会いはいつしか長い交流へと発展し、その音楽的な情熱の共感は遂にワタナベの作品をTransmatからリリースする事へと繋がった。それが久しぶりのTransmatの活動の復活第1弾作品として2月にリリースされた"Multiverse EP"(過去レビュー)であり、国内でも早々とソールドアウトし、来日した海外のDJも真っ先にその曲をプレイするなど、やはりと言うか当然の如く既に注目を集めている。但しTransmatとしては現在はアルバムをリリースしない方針のためEPに続くアルバムは出ないかと思っていたところ、喜ばしい事に日本国内のみでEPと同時に制作された音源がアルバム化されたのだ。前述のEPからも分かる通りこのアルバムは時代を象徴する最新の音楽性と言うよりは、むしろデトロイト・テクノのクラシカルな部分の純度を高めて、無駄なギミックや展開を用いる事なくどれだけエモーショナル性を追求出来るか、そんな気持ちが伝わってくる内容だ。感動的なまでの美しいメロディーの展開や叙情的な世界観を演出する事に長けているワタナベは、当然デトロイト・テクノやTransmatとの相性が悪い訳がないとは思っていたが、それでもすんなりとあるがままに馴染んでいるとは、最早この邂逅が運命だったと言われても疑いようはないだろう。前述のEPは選びぬかれた作品だけにフロアのピークタイムに適した曲が多かったが、本作にはアルバムとしての構成を活かすようなバランスの取れた選曲がなされている。TR系を思わせるタムが爽快なグルーヴを生み躍動する"Inner Planets"、優しく包み込むようなストリングスが伸びる耽美なテック・ハウスの"Heliosphere"、そしてアルバムの終盤で幻想的なシンセとストリングスが融け合っていくアンビエントの"Time Flies Like an Arrow"と、EPの音楽観を壊さずに更にドラマティックな起伏を盛り込む事に成功している。ただただ熱き情熱を基にどれだけ人の心を揺さぶれるのか、それを訴えかけるような実に真摯なテクノは、デトロイトの愚直なマシン・ソウルと共振する。またボーナスCDとしてアルバムの曲をミックスした盤も付いているが、そちらはよりクラブのパーティーらしい興奮を呼び起こす高揚感があるので、なお一層盛り上がれる事だろう。
Check "Hiroshi Watanabe"