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これ以上にない位にど直球なタイトル、そして時代のニーズに応えた内容、それこそ日本の1980〜1990年に生まれたアンビエントや環境、そしてニューエイジを編纂した『環境音楽』なるCDでは2枚組のコンピレーション・アルバム。ここ数年日本の過去のハウス・ミュージックが、日本のシティポップが、そして日本のアンビエントやニューエイジが世界的にも見直されている状況で、色々な作品のリイシューやコンピレーションが雨後のタケノコのごとく生まれていたが、その中でも最も発売前から注目を集め集大成とも呼べる作品が本作だ。編集者は現代アンビエントで頭角を現したVisible CloaksのSpencer Doranで、10年以上前に来日した際に日本の音楽に触れてはまっていったようだが、そこら辺の詳細については
『日本の「環境音楽」はいかにして発見されたか/Visible CloaksとLight In The Attic』にかなり濃密に記載してあるので是非読んで頂きたい。
さて、Doranによる選択は如何なものかというと、アーティスト単体でリイシューに至っている芦川聡、尾島由郎、久石譲、深町純、小久保隆、日向敏文、イノヤマランド、吉村弘らに加え、環境音楽で名を馳せるパーカッショニストの越智義朗にニューエイジの系譜に名を連ねる伊藤詳、またはジャズ界から鈴木良雄に、そしてYellow Magic Orchestraや細野晴臣まで、特定のジャンルでカテゴライズするには一見幅が広そうでもあるが、収録された曲の雰囲気としての統一感はある。それは特に日本古来の簡素な趣を重要視する侘び寂び的なモノにも感じられ、無駄を回避するミニマリズムなシンプルさや派手さを削ぎ落とした静謐な響きが、それが意図的だったのか分からないにしてもアンビエントやニューエイジという音楽に上手く作用したのだろう。例えば土取利行の"Ishiura (Abridged)"、これが当時ニューエイジと呼ばれていたとは思えない音楽で、サヌカイトという石を用いてぽつんぽつんとした単音の連なりが、間が広がり静けさが強調されたこの曲は今ならばアンビエントになってしまうのだろうか。また芦川による"Still Space"はシンセサイザーを用いているが、極力無駄を排したミニマルな構成によってのんびりとした時間軸が感じられ、さながら色味の失せた水墨画のような風景を喚起させる。また、この手のジャンルにまさか久石の音楽が選択されるとは予想も出来なかったが、"Islander"は彼らしいアンビエントな電子音の響きに有機的で土着的な打楽器を組み合わせ、それをミニマルな現代音楽にも寄せて反復させる展開で、収録されたのも納得させられる。ニューエイジ面が強調された曲であれば、宮下富実夫の"See The Light"や深町の"Breathing New Life"に小久保の"A Dream Sails Out To Sea - Scene 3"辺りが特にそうで、美しく清らかなシンセの響きによってうっとりと甘美な夢の微睡みを誘う音楽はスピリチュアルや癒やし系とも呼ばれてしまう可能性もあるが、俗っぽくはならずにただひたすら心を洗うように静謐な空気に満たされる。アルバムのラストは細野が無印良品のBGMとして制作した温かいシンセが牧歌的で長閑な地平を何処までも広げる"Original BGM"で、今では入手困難なこの曲は店舗の空気に自然と馴染む正に環境音楽、つまりはアンビエント・ミュージックを体現している。一口にアンビエントやニューエイジと言ってもそれぞれの曲にはアーティストの個性もあり、それがCD盤では23曲(アナログでは25曲)も収録されているのだから、このジャンルに初めて手を出す人にとっても本作は非常に役に立つ素晴らしいコンピレーションだ。なお、豪華ブックレット仕様の中にはDoranによる詳細なライナーノーツも記載されており、全て英語だが解説という面からも価値を持っている。惜しむらくは、日本の音楽であるのに日本のレーベルがこういったコンピレーションを誰も手掛けない事である。
Tracklistは続きで。