Yu Su - I Want an Earth (Pinchy & Friends:PF011)
Yu Su - I Want an Earth
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Yu Suは今年は上半期にはFFKTに出演し、そして11月には都内のパーティーにも招かれるなど、日本での人気も着実に高まっているように感じられる。中国出身で現在はカナダはバンクーバーで活動する彼女は、2017年以降にデビューしてからTechnicolourやSecond CircleにMusic From Memoryといった著名なレーベルから、ダンスからアンビエント/レフト・フィールドまで巧みにスタイルを変容させ個性溢れるエレクトロニック・ミュージックを生み出し、新世代の期待されるアーティストの一人となっている。2021年には初のアルバム『Yellow River Blue』(過去レビュー)をリリースし、エレクトロニック・ミュージックの見果てぬ先を見据えたような音楽を展開しその才能を決定付けたが、それから2年半ぶりの新作が本作。リリース元はダンスに限らずに奇抜なレフトフィールド性を発揮するPinchy & Friendsからという事もあり、本作はダンスビートもありつつも単純な4つ打ちは皆無で、そして掴みどころの無い不思議なアンビエント性が強く現れている。タイトル曲"I Want an Earth"、催眠的なコードの中を幻想的なギターが残響によって広がりつつフィールド・レコーディングも重ねて此処ではない何処か的な場所へ誘い、そこからエモーショナルなメロディーの反復とクラウトロック的なドラムで勢い付く不思議な曲調。精神世界の探求のような瞑想的感覚もありつつ、しかし有機的なビート感で肉体を突き動かすダンスビートもあり、こういった感覚はYu Suの折衷主義が明白だ。"Counterclockwise"はノンビートな事もありレフト・フィールド性が勝っており、上下するようなシンプルな電子音のシーケンスに弦のような響きを挟み、壮大なシンセも被さったりアジアンな雰囲気の響きも加わったりと、土台は同じ反復を繰り返しつつ表層が刻々と生命のように変化していく厳かながらもドラマティックな曲調だ。"Manta y Menta"では小刻みに跳ねるような軽快なビート感と中華的なフレーズが先導するダンストラックで、彼女のルーツを持ち出しつつも奇妙な効果音や不思議なリズム感によって、モダンなエレクトロニック・ミュージックとしての空気感を纏っている。そして最後の"Pardon"、一転して音を削ぎ落として余白を強調したミニマルスタイル、キックさえも入らずに静謐なピアノが浮かび上がりその合間に柔らかく繊細な電子音が織り込まれるこの曲は、Yu Suの美しいメロディーが際立ち実験的かどうかにかかわらず曲そのものが心に響く。曲毎に様々な表情があり、EPによってはジャンル的にも変化するYu Suらしい魅力がこの一枚に詰まっており、その意味では前アルバムの延長線上にある作品でもあろう。非常に魅力的なのだが残念なのは4曲で18分程度と短く没入する前に聞き終わってしまう事だが、それも含めてまた新作が待ち遠しくなる。



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| ETC(MUSIC)6 | 22:54 | comments(0) | - | |
Waajeed - Memoirs of Hi-Tech Jazz (Tresor:TRESOR336LP)
Waajeed - Memoirs of Hi-Tech Jazz
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「Hi-Tech Jazzの思い出」というタイトルに、往年のテクノファンであればGalaxy 2 Galaxyの名曲"Hi-Tech Jazz"からの影響だと自然に思い込み、期待し歓喜せずにはいられないのではないだろうか。実際にはジャズを愛聴していた亡くなった父との思い出が反映されているそうで、URとの関連は特には無いものの、その意味ではジャズという共通項を持ったモーターシティー産のハウス・ミュージックであるのは間違いない。元々はデトロイトのヒップ・ホップ集団であるSlum VillageのDJ/ビートメーカとして活動していたWaajeedは、ハウス・ミュージックのファンから見れば近年はTheo ParrishやAmp Fiddlerとの共同制作を行ったり、またはCarl Craigの「Detroit Love」のMIXCDシリーズのDJに迎えられたりと、デトロイト・ハウスのアーティストという印象が勝っているだろう。本作でもデトロイトのシンガーであるBlack Nixを迎え、全面的に現URのメンバーであるサクソフォン奏者のDe'Sean Jonesが参加し、デトロイトという土地に根付いた面々でモーターシティーの音楽への敬意を込めるようなハウスを展開している。なのでアルバムは基本的にはダンスではあり希望の力を感じさせるが、それだけではなくロマンティックで美しい人生の瞬間のような面もある。例えばオープニングの黒人である事を称えるようなスポークンワードが印象的な"Memoirs of Hi-Tech Jazz"から、車の走行音をバックに美しいストリングスが響き渡りこれからのドラマの予感させるような"Rouge"と、最初の2曲は幕開けとしてぐっと心に染みるような流れ。そこから亡き父に捧げた"The Ballad of Robert O'Bryant"ではトロンボーンやトランペットにストリングスも加わりゴージャスな響きは明るい未来を感じさせ、ジャズ/フュージョン調のビートでジャズ/テクノ/ハウスをブレンドしながら黒人音楽というルーツを聞かせる。先行EPである"Motor City Madness"ではトロンボーンとサックスが情熱的に絡み合いながらも、鈍くうねるアシッド・ベースに支えられる事でジャズを取り込んだ現在形のデトロイト・ハウスとしてみなせるだろう。逆に女性ボーカルを迎えた"Let's Give It Up"は情熱的で優美なサックスと繊細なピアノ、ファンキーなアクセントを添える歌によって流麗なフュージョンと化しており、以前よりもWaajeedの表現力が豊かになっているのも印象的だ。よりクラブ・ミュージック的なのは"Right Now"、弾けるパーカッションをアクセントにミニマルなビート感で疾走し、テック系の上モノの反復の中をサックスも抑揚を抑えて色気を加えて、雰囲気としてはHi-Tech Jazzの系譜に連なるのはこれだろうか。ジャズをシカゴ・ハウス的に解釈した粗野で荒々しいスリージーさがある"Good Trouble"も、闇に包まれたダンスフロアの中で映えそうな曲だが、これにしても何処か希望を抱かせるような明るさがある。肉体が喜びに満たされ我慢出来ずに自然と動き出すようなダンス・ミュージックなアルバムは、しかしただ単にダンス・ミュージックの機能性という枠組みに収まるのではなく、未来の見えづらいデトロイトの街でも自らを鼓舞するような力強い魂が込められた音楽で、その意味では『Memoirs of Hi-Tech Jazz』というタイトルもあの曲を思い起こさせるのもあながち間違ってはいなかったわけだ。



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| HOUSE16 | 20:50 | comments(0) | - | |
Kirk Degiorgio Presents Blue Binary - Origins (FireScope:FS032)
Kirk Degiorgio Presents Blue Binary - Origins

2023年は4枚のアルバムをリリースすると宣言していたUKテクノのベテランであるKirk Degiorgio。スピリチュアル・ジャズに挑んだ『Robe Of Dreams』(過去レビュー)、洗練されたモーダル・ジャズを展開した『Modal Forces / Percussive Forces』(過去レビュー)、メイン活動であるインテリジェント・テクノ系のAs One名義の『AsOne²』(過去レビュー)と、彼らしく多彩な音楽性を発揮していたが、その最後のアルバムはBlue Binary名義による初めてのアルバムだ。Blue Binaryは90年代半ばにほんの数曲のみで見られた名義で、しかし何故かこの2023年にいきなりアルバムがこの名義で届けられた理由は明らかになっていないが、恐らく今年リリースされた他のアルバムと音楽性を分ける為に敢えてこの名義を復活させたのではないだろうか。なので本作はメディテーティブなアンビエントに振り切れており、他の変則的なリズムが印象的だったアルバムとは対照的に全編がノンビート構成で、非常に没入感の強い内面のイマジネーションを誘発する内容となっている。勿論Degiorgioにとってアンビエントは過去の作品にも見受けられた要素であり決して新しい挑戦ではないのだが、本作程に深く瞑想的なアンビエントは恐らく初であろうか。情報が殆ど無いので詳細は不明だが、公式に依れば「生命の起源を探る旅」がテーマだそうで曲名は宇宙を示唆するような単語が多く、それもアンビエントとの親和性の高さに繋がっている。物悲しそうなシンセのリフレインと薄っすらと伸びるドローン的なパッドによってじっくりと宇宙が広がる"Starfield"から早いコズミックな電子音のシーケンスが躍動して広大な宇宙を飛び交うような"Spiralling Nebulae"、そして重苦しいシンセが変容し混沌とした宇宙を感じさせる正にディープな"Deep Cluster"と、アルバムは序盤から神秘的で壮大な宇宙体験を擬似的に感じさせる。"Crying Into Oblivion"は過去のAs Oneにも見受けられたエレガントで美しいアンビエントで、煌めきを放つような華やかな響きからドラマティック性を生み出して、例えばデトロイト・テクノからビート感を抜けばこのような曲調になるようにも思われる曲だ。しかしなんの曲にせよ本作は叙情的なシンセ使いが映えており、"Dance Of The Binary System"でも上昇と下降をゆったりと繰り返すコズミックなシンセを軸にその裏でエモーショナルなパッドが何処までも伸びて、繊細ながらも数多の星の輝きが満ちる夜空を夢想する。実際にアルバムジャケットを見れば分かるように、星空の軌跡写真が用いられて宇宙を意識しているのは明白であり、宇宙をテーマにした壮大なサウンド・スケープと言えよう。重厚感はある、しかし曲尺は短くライブラリー・ミュージック的な構成でもあるので聞き疲れは全くなく、次々と宇宙の風景が切り替わっていくような構成は映画を見ているようでもあるか。今年リリースした他の3枚のアルバムとは全く異なる作風で、しかしこれもDegiorgioの一面であるのは間違いなく、改めて彼の音楽への深い造詣とそこから自分の音を生み出す創造性には只々驚くのみである。



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| TECHNO16 | 22:47 | comments(0) | - | |
Kruispunt - Steganos-graphia (Hanging in the wall:KRSPNT-002)
Kruispunt - Steganos-graphia
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ここ数年続くアンビエント/ニュー・エイジの隆盛は時にその作品の多さが故にエンターテイメント化し玉石混淆に思われる時も決してないわけではないが、しかしそういったムーブメントが生まれたからこそ眠っていたプロジェクトの再始動を誘発する事にも繋がるのではなと思う。このKruispuntによる2枚目のアルバムは前作から実に8年も経過した上でリリースとなったのだが、その長い時間を経てシーンではこの手の音楽の復権が始まり、そしてKruispuntにとっても最適なタイミングだったのかもしれない。このプロジェクトはサイケデリック・ロックバンドの花電車に始まり、PARAやEP-4としても活動する家口成樹、近年アンビエントの方面で再度注目を集めるEnitokwa、そしてSynth Sistersの一人であるMAYUKoという3人から成り、全員がシンセサイザー演奏者でもある。3人がシンセ演奏者というだけでアンビエント/ニュー・エイジというジャンル的に期待せずにはいられないのだが、しかしその期待を越えて形の無い流体のような構成からドラマティックかつ激しい叙情が生まれる音楽は、今年このジャンルに於いて特に素晴らしいアルバムになったと確信している。始まりは2018年の夏、灰野敬二のライブのオープニングとしてライブ出演した際の音源が録音されていたそうで、その音源を元に制作が始まったそうなのだが、このアルバムを聞く限りでは恐らくそのライブはインプロビゼーションに近いものだったのではないか。実際にこのアルバムでも複数のシンセの同時演奏で制作されたようで、分かりやすい構成やメロディーにありきたりな展開は全く無く、刻々と形は変化し続け定形は全くなく音は只々放射され続けるのだ。幕開けの"Kyrie"こそ冒頭に美しいメロディーが現れるが、直ぐに複数のシンセは揺らぎ変化し長く鳴りながらもドローンのそれとはまた異なる不定形な音が混ざり合い、まるで生命であるかのように絡みう合う。"Steganos-graphia"はもう少しドローン的な持続音を活かしつつその中に埋もれるような煌めくような電子音や鈍いアシッド風な響きを潜ませ、美しさと麻薬的な快楽を共存させながらフラットなアンビエントによって浮遊感も獲得している。ゴーっとした薄いノイズにも近いようなドローンに包まれる"Surf Into The Time"は、深遠な宇宙で静謐さと共に孤独の遊泳を楽しむような美しいアンビエントで、ただただ壮大な世界を目の前にして言葉を失う。そして圧巻は15分超えの大作"Vesak.RMX"、幻惑的かつエモーショナルなシンセサイザーが混沌とした飽和状態の中に、ダビーな効果音も微かに鳴らしながらサイケデリックな雰囲気を纏わせ、刻々とシンセの響きは変化しながら常に放射が続くシューゲイザー的ニュー・エイジと呼ぶべきインプロビゼーションは神秘的な生命の胎動にも思われる。ゆっくりと呼吸をするかのようなシンセサイザーの揺らぎと持続は何処までもフラットで何処までも心地好く、流石3人のシンセ演奏者が揃っただけであり境目が溶けていくような電子音の絡みに意識も溺れてしまう。

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| TECHNO16 | 22:06 | comments(0) | - | |
Laurent Garnier - 33 Tours Et Puis S'en Vont (COD3 QR:COD3QR33TEPSVCD)
Laurent Garnier - 33 Tours Et Puis Sen Vont
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ソロとしては実に8年ぶりとなるアルバムをリリースした、テクノの、いやダンス・ミュージックの伝道師であるLaurent Garnier。長年に渡りフランスを代表するDJとして活動してきたGarnierは、DJとしてダンスフロアで培ってきた音楽的な多様性を制作面にも反映させており、この新作も正にそれが感じられる力作だ。齢55歳を越えながらも落ち着いて円熟味のアルバムには全くならず、衰える事のないダンスのエネルギーの爆発力が詰まった内容はテクノのみならずドラムン・ベースにハウス、そしてひりつくようなパンキッシュな感覚も詰まっており、それこそGarnierのDJの音楽性がそのまま創作面にも現れている。公式案内でも「ウェアハウス、クラブ、フェスティバルの経験を凝縮している」と記載があるように、本作は今までの中でも特に壮大かつ派手なハイエナジーな曲群が集まっており、その上でデジタルバージョンを見れば分かるように10分前後の長尺な曲が多く、Garnierの視線はこれまで以上にダンスフロアへと向いている。オープニングとなる"Tales From The Real World"、Alan Wattsのポエトリーをフィーチャーしているが、曲自体はダークなベースが蠢きダビーなシンセを用いて揺らぎを生み出しながら、徐々にトランシーな上モノのループも加われば完全にピークタイムのダンスフロアを想起させる高揚感と快楽に満ちたテクノと化す。続く"Liebe Grube Aus Cucuron"も展開を抑えめにギラギラとした鈍いシンセが黒光りする妖艶なツール性の強いテクノだが、ジワジワと長い時間を掛けて微妙な上げ下げが盛り込まれ、明らかにDJ視点から作られた構成だ。22Carboneのラップを迎えた"In Your Phase"はヒップ・ホップな感覚もありつつスピード感のある4つ打ちで、サイレンのような効果音を緊迫感を煽り、ダンスフロアで聞けば危険な香りのする雰囲気に興奮する事は間違いないだろう。アルバムのハイライトの一つ"Reviens la Nuit"は古典的なアシッド・ハウスのテクノバージョン的な作風で、鈍いベースが躍動しつつギラギラとしたシーケンスと咆哮のような効果音が鳴り響き、そして的確にブレイクも挟むなどビッグボムとしてのお手本的な構成だが、10分以上に渡ってダレる事なく闇の中を駆け抜けるようなハイエナジーな流れに圧倒させられる。勿論、GarnierのDJプレイにも度々登場するドラムン・ベースを実践した"Sado Miso"も複雑なビートを展開して激しい疾走感にテンションは自然と上がり、終盤のシカゴ・ハウスをGarnier流に解釈したファンキーなピアノのリフが映える野性味溢れるハウスの"Multiple Tributes (To Multiple People, For Multiple Reasons)"から、最後は儚い余韻と共に消え行くような美しくも狂おしいダウンテンポの"...Et Puis S'en Va!"で厳かに幕が閉じられる。音楽的な新鮮さや今っぽさを感じさせる事はないのだが、しかしDJ視点から実直にダンスフロアを意識した作風となっており、興奮と熱狂に包まれたその場所を制作面から体感させる意味で熟練者としての経験が如実に反映されているのは間違いない。尚、CD盤、アナログ盤、デジタル盤で収録が大幅に異なっており、特にデジタル盤は2時間40分と超大作となっている事からも分かるように、本作に対するGarnierの熱量は尋常ではない。本作は改めて彼がテクノへの愛を示したとも言える素晴らしいアルバムだ。



Check Laurent Garnier
| TECHNO16 | 22:57 | comments(0) | - | |