2023.07.23 Sunday
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当初はアンダーグラウンド・テクノを展開するGieglingと、その傘下のForumにおいて主力アーティストの一人だったVrilは、深いダブの音響と揺蕩うアンビエントの雰囲気を持ったディープなテクノを展開し、本名も明かされない事もあって謎めいた存在だった。いつしかドイツはハノーファー出身のUlli Hammannである事が明かされたが、DJではなくライブを主体とする活動から生まれる彼の音楽は、ダンスとしての機能性を前提としつつ繊細や複雑さも含んだサイケデリックな音響美が映える深遠なもので、単にミックスとして用いられる事に収束せずにアルバムで展開される事で魅力が伝わるというものだろう。さて、この最新アルバムは過去にもリリース歴のある名門Delsinからなので質についてある程度はお墨付きなのだが、それにしても本作の出来は素晴らしい。最初に言ってしまうとBasic Channelの系譜に属するミニマリズムとダブ・テクノの修練を積んだもので、その意味では新しさや革新性には乏しいかもしれないが、先人が気付いた伝統を深掘りし磨き上げ自身の音としている点で評価出来る。アルバムはタイトル曲である"Animist"から始まるが、この時点ではまだビート感は抑えられ、その代わりにサイケデリックで深い電子音響とアンビエントなムードを携えて、じっくりとエモーショナルに立ち上がって行く流れは優等生的だ。続く"Love Rollout"では淡々としたキックが空虚に刻まれつつ繊細なヒスノイズがバックを走り、徐々に幽玄な電子音が全体を覆うように広がっていき微かに抒情的なメロディーも展開し、ミニマリズムの中にエモーショナル性も閉じ込めている。"Katharsis"は完全にBasic Channel経由の揺らぐ残響が持続するダブ・ハウスで、芯のある機械的なキックと幻惑的なダブ音響を発揮しつつ、しかしノイジーにさえも感じられる電子音が荒れ狂うサイケデリック性は印象的だ。中盤以降はもっとダンスフロア寄りの曲が増えてくるが、例えば"Boom To The Moon"なんかも完全にBasic Channelのミニマリズムをなぞったテクノではあるものの、ノイズの奥底に繊細にデトロイト・テクノ風な叙情性のあるメロディーを隠すように配して、機械的ながらも冷え切る事はなく何か感情を揺さぶるエモーショナル性も魅力だ。ガラッとテンポを落として図太いキックと金属的なパーカッションを強調しつつ、しかし音を削ぎ落として空間性を強調した"Kuru"は、ミニマリズムに沿いつつ艶めかしいベースラインが躍動的で、電子的でありながらオーガニックな胎動も感じさせる。他にも刺々しいドラムが変則的なリズムを叩き出すグリッチなテクノや、ノンビートで美しい電子音響がオーロラの如く舞うようなアンビエント、トランス調な覚醒感のあるサウンドが麻薬的な曲など、アルバムだからこそダブ・テクノを軸に様々な表現が成されており、ライブパフォーマンス主体の活動だけあって表現の幅は流石だ。ダンスフロアの緊張感や興奮を閉じ込めたアルバムでありながら、深い音響に魅了されるリスニングとしての質も素晴らしく、最近のお勧めなテクノアルバムだ。
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